コンテンツ/装備ガイド

オリジナルコンテンツ

読むHEART ROCK CORE 2026 プロローグ①

観測する者

———–

「こちらヴァイパー・ツー。HQ、聞こえるか」

ホワイトノイズの向こうから、事務的な声が返る。
「こちらHQ。送信どうぞ」

「市街地外縁部、グリッド・チャーリー・セブン。
マラク国軍所属と思われる部隊が民間人少年を拘束、車両へ移送中。兵士三名、軽武装。現在進行形。」

一拍の沈黙。

「交戦規定は?」

「…交戦は非推奨。民間人多数。対象は…おそらく正規軍と思われる」

———–

2003年某月、中東マラク共和国中部。
首都から南西へおよそ百二十キロ、地図上では行政区分の境界にあたる地域。
旧政権崩壊が崩壊しつつある今、暫定政権の統治はこの一帯に及ばず、行政・治安の両面で空白地帯となっていた。
名目上の治安責任はマラク国軍にある。
だが実態は、国軍、防衛隊、旧政権残党、部族武装、反米組織が混在し、
どの勢力がどの道路を管理しているのか、現地司令部ですら正確には把握できていなかった。

米海兵隊第1海兵師団は、主要補給路と基地外縁部のある監視対象建造物を担当していた。
任務の主眼は戦闘ではなく、「観測」と「抑止」。
交戦は、可能な限り避ける方針が採られていた。
その日、イーサン・コールドウェル軍曹は、スカウトスナイパーチームの一員として、
基地から約二キロ離れた市街地外縁の建造物に展開していた。
4階建てのコンクリート構造物。
屋上は半壊していたが、視界は開けており、街路を監視するには十分な高さがあった。
任務は単純だった。
定時報告、異常の有無の確認、それだけである。

午後三時を少し回った頃、気温は摂氏四十度近くまで上昇していた。
上昇気流による陽炎が視界を歪め、遠距離観測には適さない条件だった。
それでもイーサンは、スコープ越しに街路をなぞるように監視を続けていた。
隣ではスポッターのマーカス・リード伍長が、別角度から単眼鏡で周辺をカバーしている。
市街地に目立った動きはなかった。
商店の多くはシャッターを下ろし、人影も少ない。
遠方で時折、小規模な銃声が聞こえたが、この地域では日常の範囲内だった。

異変が起きたのは、記録上では15時27分。
東側の路地から、一台のピックアップトラックが低速で進入してきた。
車体は退色した砂色。
ナンバープレートは外され、側面に部隊識別標識は見当たらない。
一見すれば、ただの武装車両だった。
イーサンは倍率付きのサイトで、車両を追った。
荷台には武装した男が三名。
いずれも迷彩服は着ていない。
だが、彼らの装備は統一されていた。
ブーツはマラク国軍支給のブーツ。
ライフルは東欧製のAK系だが、照準器とスリングは国軍仕様。
無線機は民生品ではなく、軍用の周波数帯を使うモデルと思われる。
さらに、動きに無駄がない。
ある程度の銃口管理、周囲警戒、車両停止時の配置。
中東ならではの私兵や民兵に見られる粗さはなかった。
制服はない。
だが、その行動と装備が語っていた。
――おそらくマラク国軍。
イーサンはそう判断し、すぐさまスコープ付きの大口径ライフルに持ち替えた。

車両は交差点手前で停止した。
その瞬間、運転席後方から、一人の少年が引きずり出されるのが見えた。
年齢は十三歳前後。
痩せた体格で、身長は大人の胸元ほど。
抵抗する様子はなく、両腕を掴まれ、足を引きずるように地面を進んでいた。
周囲に一般市民の姿はない。
通りは不自然なほど静かだった。
イーサンは、視界の中で起きている事象を即座に分類した。
拘束理由を示す掲示や身振り、会話、手続きは確認できなかった。
非公式拘束。
数秒の観測の後、少年は再び荷台に押し込まれた。
運転手と、車の傍に立った人間が何やら会話をしている。
射線は通っていた。
距離、約620メートル。
風向、南西から微風。
技術的には介入可能だった。
だが、任務規定上、交戦許可条件は満たしていなかった。

イーサンはスコープから目を離さず、呼吸のリズムを一定に保ったまま、
隣に伏せるスポッターへ状況を流した。
イーサン:
「マーカス、良く確認してくれ。制服ではないが、正規軍だ。マラク国軍。ピックアップ一台、兵士三名。
民間人の少年を拘束してる」

マーカスは単眼鏡を覗いたまま、数秒だけ沈黙した。
距離、兵装、周囲の民間人の数を視野の中で切り分けている。
マーカス:
「年齢は?」
イーサン:
「十三前後。武装なし。抵抗してない。――いや、させてもらえないだろうな。」

マーカスは短く頷き、無線機を口元に寄せた。声色は変えない。変える理由がない。
マーカス:
「こちらヴァイパー・ツー。HQ、聞こえるか?」

ホワイトノイズの向こうから、事務的な声が返る。
HQ:
「こちらHQ。送信どうぞ。」
マーカス:
「市街地外縁部、グリッド・チャーリー・セブン。
マラク国軍所属と思われる部隊が民間人少年を拘束、車両へ移送中。兵士三名、軽武装。現在進行形。」

一拍の沈黙。
HQ:
「交戦規定は?」
マーカスは一瞬だけイーサンを見る。
イーサンはスコープ越しに、押し込まれた少年を見ていた。
マーカス:
「…交戦は非推奨。民間人多数。対象は…おそらく正規軍と思われる。」

再び短い沈黙。
HQ:
「了解。情報不足。監視を継続せよ。」
通信はそこで切れた。
マーカスは無線機を下ろし、小さく息を吐いた。
マーカス:
「以上だ。動かない。」
イーサンは返事をしなかった。スコープの中で、ピックアップは発進し、町の奥へと消えていく。
イーサン:
「……覚えとくしかないな。」
マーカス:
「そういう仕事だ。」

報告は記録として残されたが、追加の調査命令は出なかった。
マラク国軍が関与している以上、米軍の即時介入は政治的に回避される傾向にあった。
この時点で、イーサンの任務は完了していた。
だが、彼は監視を続けた。

数時間後、基地へ帰投。
事案は日報に埋もれ、特別扱いされることはなかった。

しかし数日後、補給地区の一角で、イーサンは見慣れない男達と接触する。
一人は民間人の服装。
階級章も部隊章もない。
名乗りは、ディック・カールソン。
肩書きは情報局職員とされたが、イーサンにはそれを裏付ける手段はなかった。
提示されたIDが本物かどうかを判断する権限も、彼にはない。

ディックは、イーサンの提出した報告内容を正確に把握していた。
提出時刻、表現、削除された箇所まで含めて。
同席していた二人の兵士は所属を明示していなかったが、その装備と振る舞い、そしてその髭面とタトゥーから、
海軍のある部隊であることは明らかだった。
その存在は、公式には秘匿されているが、もはや知られていないわけではない。
彼らは以外にも全く高圧的ではなかった。
命令でもなかった。

特殊部隊員
「報告の補足を確認したい。事実関係だけでいい」
イーサン
「見たままを話します」
ディック
「我々は、可能性を集めているだけだ。結論は急がない」

イーサンは、目撃した内容を再度、事実のみ淡々と説明した。
推測や感想は述べなかった。
その後、断続的に照会が続いた。
少年の行方は不明。
同様の拘束事例が周辺地域で複数確認されていることが判明した。
だが、それらはすべて「マラク国軍の内部事案」として処理され、上層部は静観の姿勢を崩さなかった。
公式には、何も起きていない。

その後半月が過ぎ、地域の治安はさらに悪化した。
IED、待ち伏せ、散発的な銃撃。
点在する事案は無関係とされていたが、裏では一本の線で結ばれ始めていた。
イーサンは再び、同じ屋上に展開していた。

街の様子は変わらない。
だが、空気は確実に変質していた。
監視対象は増え、報告先は複数になった。
公式と非公式、その両方へ。

彼は何かを始めたわけではない。
ただ、見たものを記録し続けただけだった。
だが、この戦争では、見ること自体が、選択だった。
彼が目撃した少年の姿は、やがて別の部隊の作戦計画書に現れ、
別の国の判断材料となり、別の場所で銃声として具現化する。
それぞれは別の場所で発生しているが、別ではない、ある一つの戦争なのだ。
その時点では、まだ誰もそれを知らなかった。

ただ、マラクの街は、静かに、確実に、次の段階へ進みつつあった。